錠の、つぶやき。
街は、確かに、変わったなあ・・・。
日曜(27日)は、<黄金町映画祭>を堪能すべく、
何年かぶりの、シネマ・ジャック&ベティを訪れた。
すぐ隣にあった、あの横浜日劇も今は取り壊され、
跡地にはマンションを、建設中だった・・・。
「ニューシネマパラダイス」みたいだった、通りのミニ・アーチからは、
電灯の文字が、はずされていた。
近くの黄金劇場は、まだ、あったけれど。
探偵・濱マイクの帰るべき事務所だった日劇は、もうここには無いのだ・・・。
再開発や健全化?とひきかえに、
この街ならではの、<大人の不良>っぽい風景、特色が、
大分、薄れてきたようだった。
かつて、80年代後半より、
大井武蔵野館やキネカ大森、川崎国際1・2等でも掛からない、
時代劇映画群を補充しに、
しばしば足を伸ばして来た、このミニシアターで、今、
数多くの自主映画を含めた、上映イベントを観ているのは、何だか不思議な感じがする。
地元の衆でごったがえすロビーや、客席は、確かにここのそれなのだが、
スクリーン上の世界は、一時はあたかも、シネマ下北沢のような感じだったのだ・・・。
なにしろ、期間中の上映作品中には、
「美的天然」、「隼」、「東京失格」、「マチコのかたち」や、
現地ロケの記録としても貴重な、
「拳銃(コルト)は俺のパスポート」、「我が人生最悪の時」、
「ヨコハマメリー」などが入っているのだから、
相当に豊かな、ラインアップといえよう。
まずは、<アートフィルム特集>枠、その1。
お隣の名画トークショーの満席状況に比べ、
お客が十数人なのは、ちと寂しいが・・・。
客席で会場運営係の人から、2プログラム全作品の、投票用紙を渡された。
点数評価等、記入する枚数が、多いな・・・と。
前半部は、アニメ短編集。
和田淳監督の、
「やさしい笛、鳥、石」、「鼻の日」、「そういう眼鏡」。
人物達が列を成しての動きは、やや固く、
人工的・機械的で、いかにも実験映像式。
次に、野上寿綿実監督の、ゆっくりゆっくりな動きのアニメ。
「考える練習」、「夜中の三時」、「UFO」。
・・・いや、その絵はUFOじゃなくて、空中か水中浮遊だと思うんだけど・・・。
・・・その後は、お待たせ!玉野真一監督シリーズ。
「よっちゃんロシア/残りもの」(再見)
「純情スケコマShe」
「長髪RIOT」
3本とも、すべてが、100%、
理屈も、泣かせも、メッセージも何も無い、
ナンセンスと、笑いの、極致。
分析して意味を求める事自体が、すでに、無意味。
(撮った監督当人が、そう言ってるんだからな・・・の声)
徹頭徹尾、人間達の稚気?あふれる行動や、
彼らのリズミカルな動きと、キャメラワークあるのみの、
これらの短編3本が、むちゃくちゃ、面白い。
動き自体がテーマ?であり、ひたすらそれあるのみ、なのだ。
「よっちゃん・・・」では、男が、路上をころころと転がり、
女が手拍子で、リズムをとって、男が踊りはじめ、
やがて男のみが、歌とともに墓石前で、また全力で踊りまくる。
「純情・・・」では、青年達が真夏の公園で、
扇風機をいじり、ベッドに乗り、足をばたばたさせ、
ヒロインの撒く水を、じゃぶじゃぶかぶり、
気持ちよさそうに、目前を滑り降りる、能天気さ。
「長髪・・・」では、これまた真夏の神社で、
長髪女(に、扮した男・・・)相手に、
怪人<すいか人間>が大暴れ、
鳥居の上からミルク?を飲んだ挙句、
疾走、流れる川へと突入し・・・
流れ込む運動性が、勢いが、もう止まらない。
一方、妊婦は、腹をなでて・・・。
たったそれだけの、洗練とは縁遠い、
人物達がぐにゃぐにゃ、うごめくだけの短編群が、
どうしてこんなに、おもしろいんだろう。
観れた人達は、本当に幸運、といっていい。
ああ至福、これ以上、何を望むや?
これらに比べると、続く<アートフィルム特集2>枠の、
<絵画的>アニメ作品群は、
洗練されている分、どうしても全体に、
画面が暗く、冷たく、おとなしく、くぐもった印象を与える。
田舎の雪山と少年と犬の死骸、という、
薄気味悪い組み合わせの、鉛筆画短編「ゆきどけ」、
子供の目線から、病院外来の大人たちの様子を眺めつつ、
何故か、舞台芝居へと移る「診察室」、
都会生活のハイスピード状況を、
パラパラとめくり式で、一気にはしょって見せる「around」、
社会派?寄りの、対支配者市民ぼやき節「The Clockwork City」・・・。
どれも、作りが丁寧で、理知的な分、
「around」以外は、人物達が活気に欠け、
固い、くぐもった印象が、ある。
そうした、くぐもった中において、
辻直之監督の、モノトーン絵描きアニメ2本は、
子供の奇想そのものの世界を、思う存分広げてふくらませていて、
比較的に、好感がもてた。
「雲を見ていたら」では、
小学校の生徒が、妄想めいた状況下で、
目玉の付いた雲に同化してゆく、
そして徐々に周囲の人々や、世界も・・・となってゆく。
「影の子供」では、
家庭内不和?とおぼしき一家の、幼い兄妹が、
ヘンゼルとグレーテルのごとく、悪夢めいた世界へと入り込み、
自らも大幅に、それこそ自由奔放に、変形・変身しつつ、
ひたすら、あちこちとさまよい歩く。
終わり方も、唐突で、あっけないのが、いかにも子供の夢。
これはもはや、われわれ大人が失った、
残酷さと同居状態の無邪気さ、でたらめさの発露、そのものの世界。
そこには、もう、戻れないのだ、多分・・・。
休憩後、実写作品、2プログラム。
高橋陽一郎監督「日曜日は終わらない」は、
カンヌ国際映画祭にも出品された、
1999年制作の、単発ハイビジョンTVドラマ。
水橋研二・主演。
岩松了・脚本。
ピンク映画祭でも知られた、故・林由実香さん、おそらく唯一の、
NHKドラマ出演作、である。
よって、50名ほどの場内には、そちら関係の方々の姿、ちらほら。
以前上映の機会を、逃していたので、
ようやく、ちゃんと観れたのは、ありがたい。
母親と離婚した父が関わる工場を、
リストラされた、元工員青年が主人公。
その母は、とんでもない男と、再婚してしまう・・・。
(ほ、本気か?ありえねえ・・・の声)
青年が憂さ気晴らしに、風俗店に寄るが、
風俗店のホステス(日活ロマンの・・・!)が、気に入らず、
チェンジ(苦笑)したら、
その相手が、林嬢、というわけ。
ドラマでも、まったく、
<いつもの林由実香>そのものの役で、
のびのびした演じ方なのが、微笑ましい・・・。
台詞が最低限に抑えられ、かつ、かなり長廻しのシーンが多い。
時折、途中経過の説明をはしょったような、つなぎ方になるので、
観ているほうは、ちょっと慌てることも。
ある人物の姿が、急に消えて、
いきなり、主人公の出所シーンになり、あれっ?となる。
(あ~、おそらく、殺して、捕まってたんだろうな・・・と補完、の声)
あるいは、廃墟のシーンの後、急に、林嬢の姿が消える・・・。
いつのまにか、なんとなく、主役一人になっている。
(あ、一人で先に帰ったんだな、多分・・・と補完、の声)
登場人物達が、ひそかにロケット開発?をしている話、
あれから発射は、どうなったんだろう?などと。
ところどころ、各自に補完を要求する、不思議な作りの、ドラマ。
大杉蓮、塚本晋也らの出し方が、
静かなドラマの中に、ユーモラスな味あり。
それから、休憩後に、もう1本、実写の自主映画。
「鼻歌泥棒」。
92分、延々と、
まるで大島渚監督映画の、ディスカッション調、そのもの。
裁判制度、死刑制度などを真面目に、討論したい向きには、
参考にはなるだろうが・・・
とにかく、ゲスト?達の、主役への攻撃が、どれもきつく、
互いに揚げ足を取り合うような議論が、延々と長いので、
かなり、疲労した・・・。
最後は、黄金町ロケ等に関しての、
林海象・中村高寛・山本政志の3監督、トークショー。
やはりというか、
<大人の不良>の街、というイメージが薄れてきて、
街の特徴が無くなって、変わってきたなあ・・・
というお話に、自然に、なったのだった。
でも、他所からの訪問者としては、
他の街と比べると、
やっぱり、まだ大分特徴が、あるほうなんじゃないか?とも・・・。
と、つぶやきつつも、
充実感を土産に抱えて、
小生は、帰路についたのだった。
以上。
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- 2008/07/28(月) 01:38:58|
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